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2010年12月の記事

2010年12月26日 (日)

『あ~っと言う間の一年間』

なんだ・かんだと公私共に大騒ぎしていたら・・・あ~っと言う間に年末だ (ーー;)

特に今年は時間の経つのが早く感じた。

アインシュタインの"相対性理論"などでは『人により時間のスピードが違う・・・』なんて記述があるが・・・・現実的に体感できる違いは無いだろう。

ただ・・・年齢により時間の経過についての感じ方は違うのではないだろうか?

と・言うのは、例として1歳未満の子供にとって1年間というものは未だ体験した事も無くとてつもなく長い時間である。

が・・しかし50歳過ぎの私にとっては、たかだか自分の生きてきた1/50に過ぎない。

この長くも苦しかった(ある意味楽しかった)50年に比べれば1年間なんて楽しくも苦しくも所詮あっ~と言う間の時間である。

そう考えると『いゃ~今年一年間・早かったなぁ~』なんて呟いている小学生を見た事も聞いた事も無い。

逆に自分の周りの同世代・・・いやいや歳を増した諸先輩になるほど時間が短かいと呟くようである。

高校生時代に、あまりにも勉強が出来過ぎて無期限で登校しなくて良いと言う"お沙汰"を三度ほど頂いた時の自宅軟禁生活は流石に時間が長かった気がする。

まぁ~実のところ俗的に言い回せば"無期停学"ってやつで凝り性の無い性格の自分は喧嘩やカツアゲで三度も有罪になってしまったようだ・・・・。

まぁ~昔テレビでやっていた"ビーバップ・ハイスクール"を地でいったようなものである。

でも・・・まぁ~勉強が出来たので卒業もできたし・・・良しとしよう。

時間が経つのが早い話から脱線してしまい赤裸々な昔話となってしまった・・・・(^_^;)

いずれにせよ今年も数日となったが一生懸命に走って無事年を越そう。

Myhome00

2010年12月 4日 (土)

『自分を磨く』

「やる気が出ない」「気分がのらない」仕事の手を抜く時に使う、いちばん安易な言い訳である。

人の体調や精神状態には一定の波がある。それは事実だ。
だが、それを言い訳に使っているようでは、とてもプロ社員とは言えない。
ビジネスは戦いである。会社は戦場だ。

戦場でやる気が出ないからと言って、銃を構えない兵士がいるだろうか。
もしいたとしたなら、それはただ死を待つだけである。

命拾いしたとしたら、同時に戦う仲間たちの足を確実にひっぱることになってしまうのだ。
自分の「やる気」は、自分でコントロールする。それも自分の重要な仕事だ。

出社して、コーヒーを飲み、仲間と二十分も三十分も談笑して、ダラダラと過ごしてやる気が出てくるのを待つビジネスマン。
一方で、朝来たときにはすでに臨戦態勢が整っているビジネスマン。
どちらに軍配が上がるかは、明らかである。

「やる気」は自分の心のなかでやってくるのを待つものではない。
時が来たら高まるものではない。

自分自身の気持ちで高めるのだ。
もちろん、仕事をしている間は、ずっとやる気を高めているのだ。
そのためには、毎朝出社までの時間は仕事のことを考える。

今日の仕事の段取りを思い起こしながら、さらに効率よくできないかを考える。
仕事がうまくいって、お客さまに喜ばれる姿をイメージする。
上司にほめられることをイメージしてもいい。
どんどん自分のやる気を高めるのだ。
そういう社員に変らなければならない。
始業時間とともに全力で走り出す。
短い時間で集中できる。

そんな自己コントロールができる人こそ、いま求められている人材だ。

2010年12月 1日 (水)

『心のウイルス』

『こころのウイルス』(英治出版)という本を翻訳した上浦倫人氏によると、人間は基本的に、ふたつの力によって動かされているという。

ひとつは「快適さの追求」、もうひとつは「苦痛の回避」である。
こういうと「『苦痛を回避』するということは、それによって快適になるのだから、けっきょく、『快適さの追求』と同じだろう」という人がいるかもしれない。

しかしそうではない。

そこには、「最初に苦痛ありき」か、あるいは「最初に快適さありき」か、という大変な違いがあるのだ。
たとえば、仕事を先延ばしにするひとは、「苦痛回避型」の人である。
こういう人は、そもそも仕事を「苦痛」と感じているのだが、締め切りが近づくと、その仕事が達成できなかったときの恥ずかしさや上司の叱責など、べつの「苦痛」がリアルに迫ってくる。

そこで、ようやくこれらの「苦痛」を回避しようとして、仕事を始める。

締め切り間際になって猛然と働くという人は、たいていこのタイプである。

いっぽう、「快適追求型」の人は、仕事をさっさと、しかも楽しそうにテキパキと片づけてしまう。

なぜなら、彼のなかには明確な目的意識があり、これからやろうとしている仕事は、その目的を達成するための手段として位置づけられているからだ。

つまり、その仕事を片づけてしまえば、その分だけ自分の設定した目的に近づいたことになるわけで、なるほどそれは「快適」な作業に違いない。

私の場合なら、こうなる。

営業管理や社員教育はつらい作業ではあるが、部下達を一流営業マンにするという明確な目的があれば、その目的を達成するための楽しい作業(仕事)に大変身する。

部下との一つ一つの泣き笑いが、一歩ずつ億万長者に近づいている-そうイメージできれば、なるほど、これほど楽しい仕事はないではないか。

まさに「快適さの追求」である。
というのは、半ば冗談だが、じっさいの話、「頭がいい人」は、仕事に「快適」なイメージを刷り込ませるのがうまいものだ。

「苦痛回避型」の人は、まずは「この仕事が終わったら、うまいビールが飲める」「この仕事をやりとげて趣味に没頭する」といったところから始めてみてはどうだろう。

どうせ同じ仕事をするなら、苦痛を感じながらやるより、快適さを感じながらやるほうがいいに決まっているのだから。そして、その快適さは、仕事の好循環につながっていくのである。

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